2016年6月14日(火) ニッカ 宮城峡蒸留所(仙台)へ視察して参りました。

▼竹鶴氏が夢見た未来を、実現する場所 宮城峡。
ここは、ふたつの清流に恵まれた、緑豊かな峡谷。
ウイスキーのさらなる未来を実現するために、竹鶴政孝氏と年若いスタッフたちが築き上げた宮城峡蒸溜所。
華やかでおだやかなモルト原酒とともに新しい試みが次々と生まれています。

 

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▼NHKドラマ 「マッサン」でも実際使用されたポットスチル

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▼ポットスチル
宮城峡蒸溜所のポットスチルは、胴体部分に膨らみを持つ「バルジ型(ボール型)」。
そして上部のラインアームは上向きになっています。
この胴体とラインアームの形状からは、一般的に軽やかでスムースなモルトが生まれるとされています。
宮城峡蒸溜所では、華やかな香りのモルトを生み出すための工夫をウイスキーづくりのあらゆる段階で行っています。
そのひとつが蒸気を使った「スチーム間接蒸溜」。ポットスチルの底と釜の内部にめぐらせたパイプにスチームを通し、
「石炭直火蒸溜」より低温の約130℃でじっくりと蒸溜します。

あえて余市とは対極の設備と手法から生まれる「宮城峡モルト」。その華やかでフルーティな香り、
飲みやすくまろやかな味わいは、ウイスキーファンの裾野をさらに広げてくれそうです。

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▼キルン塔
乾燥塔(キルン塔)は、大麦麦芽を乾燥させるためのもの。
ウイスキーの独特なピート香(スモーキー・フレーバー)は、大麦麦芽をピートでいぶして乾燥させる間に自然に染み込んだ香りです。現在、この乾燥塔は利用されていませんが、特徴的な「パゴタ屋根」と風格のある佇まいは、蒸溜所のシンボルになっています。

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▼樽貯蔵庫
緑豊かな木々に映える、赤煉瓦の貯蔵庫。
180,000㎡の敷地内に、現在、25棟の貯蔵庫が立ち並んでいます。
「ウイスキーは自然が育むもの」という創業者・竹鶴政孝氏の意思に基づき、蒸溜所内の木は必要以上に伐採されることなく、宮城峡蒸溜所が建てられた当時の環境が保たれており、電線は全て地下に埋設してるそうです。

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▼製樽工場内
ウイスキーを貯蔵するための樽はすべて手づくりで、樽を一人でつくれるようになるには、長い間の下積みが必要です。
ウイスキーの樽は3~4回、年数にして50年前後使用されますが、この間にも必要に応じて補修が行われます。
ニッカでは、新樽や世界中から集めた樽をつくりかえて、ブレンダーが求める理想の樽を製造。
ウイスキーの貯蔵樽のほか、一部はプランターや飾り樽としても利用されています。

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修繕中の樽のチャーの様子

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▼新川(にっかわ)
ニッカウヰスキー創業者、竹鶴政孝氏が昭和42年5月にこの地を訪れ、新川の清流を汲み飲んで、あまりにも清冽で磨かれた味に驚嘆し、北海道余市に続いてニッカが求めた第二のウイスキーの故郷、仙台工場の建設を決定したとのことです。

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「異なる蒸溜所で生まれた複数の原酒をブレンドすることで、ウイスキーはより味わい深く豊かになる」という信念を抱く竹鶴正孝氏、当時ニッカウヰスキーは日本で初めてモルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドした「ハイニッカ」を発売し、ウイスキーブームを巻き起こしていました。
日本にウイスキー文化が浸透しつつある状況も、第二の蒸溜所づくりへの気運を高めました。
当時の北海道工場長・竹鶴威氏をはじめとしたスタッフが調査した候補地の中から、竹鶴政孝氏が選んだ地は仙台・宮城峡。
仙台の街から西へ約25km、山形との県境に近いこの地は、広瀬川と新川というふたつの清流に恵まれた緑豊かな峡谷です。
竹鶴氏は初めてこの地を訪れた時、新川の清流で持っていたブラックニッカを割って飲み、味わいを確認。その場で蒸溜所建設を決定したと言われています。

 

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貴重な経験と機会を与えて頂いたアサヒビール株式会社 様ありがとうございました。

営業部 古川・野村・末吉